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鳩は帰る

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 4月 8日(金)03時02分43秒
   また大きな余震、いや、本震といってよいものが今夜あった。東電やら原発やらが臨時ニュースで取りざたされ、東京でも思わぬ揺れに驚いた方も多いと思う。大地が揺れるたびに不動産という単語が、動産であることを思いしらされる。僕はSFといっても、ファンタジー色の強い立場にいるので、今回の被害について科学的なことはのべられない。そこで、ファンタジーの立場から発言するなら、フレイザーの「洪水伝説」を取り上げるばかりである。この著書の末尾で、比較文化人類学者のフレイザーは各地の古代の洪水伝説を紹介しながら「この惑星の大きな自然的特徴と比較するなら、人間はつい昨日生じたものにすぎないし、その記憶は昨夜の夢に過ぎない」と語っている。つまり地震による洪水は、この惑星にノアの方舟より、ずっと昔から連綿と繰り返して続いてきており、我々人間はその揺れて、水が溢れる星に仮住まいしているに過ぎないということなのだ。悲しい現実である。しかし我々はフレイザーの一文に希望があることも、読みのがしてはならない。フレイザーは、洪水の記憶が昨夜の夢に過ぎないと伝えてくれている。水は押し寄せるだけでなく、必ず引くのである。時間は人類にとって、過酷な神であるが、側面、惨事を神話へと昇華してくれる。いつか必ず、フレイザーが述べたように、今回の惨事は昨夜の夢になる。一体、いつ日常が戻るのかと不安になっている被災地の皆さん。ノアの方舟の鳩は枝をくわえて、船に戻ってきました。同様に今回も、鳩は戻る。それを信じて、元気にまいりましょう。  
 

新たな復興

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 4月 4日(月)02時36分55秒
  政府が新しい復興策を提言している。そのひとつが高台に街を作り、水産関係やらその他の職場と離れて暮らすという案だ。それはそれで理解できるが、ひとつ私が気になる事を述べておきたい。政府の発言では、高台に住環境を山を削ってつくるというのだ。これには多少の不安がある。よく環境の専門家と話し合ってほしい。私が心配するのは土砂崩れや土石流など川からの災害である。そもそも今回の被害は自然を甘く見ていた事から派生する。それは、今回の地震と津波に限らず、今般、ひっきりなしに続いてくる環境破壊も同様になろう。そこへ、安易に山を削ることが、ベストの対策なのだろうか。削った山は必ず、その地形によって今までにはない自然災害を生むはずだ。僕は釣り師であるので、山と川、そしてそこから続く海の連鎖に敏感である。山が変化すれば、必ず川と海は変わる。そしてその被害は思わぬかたちで、ふりかかる。漁師は漁に出たときに、その日の魚場を山で判断する。連鎖をよくしっている、彼らの言葉やら地元の名人に話を聞いて、さらには環境学者の意見を入れ、削らずに、山と共存して住める住環境の構築をしたらどうだろう。高台に移るのは理解できるが、その方法のベストを考えるべきた。今回の教訓は自然の猛威に人間は無策となるということである。ならば、自然と闘うのではなく、それをやり過ごす家や街の作り方はあるはずである。  

被災地での読書

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 4月 2日(土)04時02分11秒
  そろそろ各地の被災地で娯楽を求める調子になっている頃だろう。とはいえ、電気やら電波の関係で、ムービーはテレビでもビデオでも難しい。となると生の音楽か、スポーツか絵画などが、ベストかな。として現時点で、もっとも手軽なのは、本と思う。しかし、まだ物語は早いのではないだろうか。おそらく被災地の諸氏は物語の意図になど添えないだろうと思う。そもそも物語には作者のたくらみがふくまれている。それは喧伝であるし、阪神大震災の際に僕が理解したのは、物語は落ち着いてから生まれ、つちかわれるものであるということだ。物語には、意味が常に付随する。つまり是非であり、哲学がついてまわる。だが、現在の被災地の人々が求めているのは、真相の究明ではなく、安らぎであろうから、本来の物語の持つ意味、イコールで結ばれる糾弾は、まだ過酷すぎる。となると、この段階での被災地の人々にぴったりの本とはなにか。僕はクイズとか、間違い探しとか、パズルゲームの書物ではないかと思う。テトリスとかルービックキューブに似て、いっときの憂さを忘れさせてくれ、頭を空っぽにしてくれるたぐいの本だ。書物はなにも、物語ばかりではない。それ以上によく出来た、各種の印刷媒体がある。被災者の皆さんは、まずは、このようなパズル書物で、頭を空っぽにしていただきたい。頭がお風呂に入るようにだ。そして、徐々に日常に戻ってほしい。本は糾弾以外にも、忘却や安らぎといった、働きを持つ。あるいは避難所でそのような大会を持つのも一興かもしれません。  

思うに 雑感

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 3月29日(火)02時06分34秒
  マスコミ報道に一言だが異論を唱えたい。各地の惨状を報道するのは、使命としてよく分かる。しかしそこに死者の数と行方不明者を合算して報道するのは、どうだろう。すでに世界は今回の惨事を未曾有のことであると、しっかりと把握している。だのに、ことさら数に対して言及するのは、まるで世界一を誇りたいかの感じがする。平時に世界一の芋鍋やら、世界一の長さのベンチやらを競う、世界一競争に執着しているかのように思えてならない。私が言いたいのは、今回の震災の問題点は未曾有のケースであるために、そのヘルプについて量よりも質が問われるはずだ。多くの報道はそこを無視して、ことさら惨事を世界一にしたいのだろうか。被災地の人々が求めているのは、平常時に近い生活ではないのか。どのように、生活を回復するかではないか。結論はないが。  

もう一度へ伝令として

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 3月19日(土)03時29分52秒
  下記に書いたように停電の際になにもすることはできず、窓を開けて夜空を見ていた。どこかで子供が、あれがオリオン座なの、と尋ねていた。すると遠くから誰かが、口笛で唄うのが聞こえた。まるでハーメルンの笛吹きのように。あるいはボブ・ディランのように。口笛は夜空に宣言するように唄っていた。「君にも見える……、遠く離れて、地球に一人。……に使命をかけて、燃える街に、あとわずか。とどろく叫びを耳にして、帰ってきたぞ、帰ってきたぞ……」。口笛はそのまま、夜空に小さくなり、しかし、なかなか消えない。胸を突かれた。口笛というよりも、神の軍隊のラッパのようだ。そうか、やっぱり。帰ってきてくれたんだ。きっと、そうだと思っていた。あなたは僕たちを忘れはしないと思っていた。だって、あなたは我々が世界に誇る、とても大切な勇気と希望のシンボルなのだから。僕らの心をひとつにしてくれる、この唄と、あなたの事を胸に浮かべれば、勇気は限りなく続きます。帰ってきてくれて、本当にありがとう。僕は、伝令としてこのことを、みんなに伝えます。みんな、彼が戻った。僕らの神様が見守っていてくれている。これで、もう大丈夫。必ず。あなたも伝令として、友達につたえてください。大丈夫なのだと。ともに力をひとつにしようと。
?
 

かならず

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 3月19日(土)03時05分42秒
  tabita3さんへ
なにより、出来る限り暖かくして、怪我のない行動をしてください。僕は関東にいながら家族の阪神大震災を経験し、今回は東京で、そちらの地震の余波を体験しました。いつも出足が遅いことになる僕は、今回もじくちたる思いが多いです。でも僕は単なる小説家に過ぎず、原発の詳細や、地震のなにがしかについての専門的な助言ができないことが、くちおしくてならないです。だから物語りをする人間の出来る事は何かと、ここしばらく考えていました。結果、今、僕が発信できることは、人々の心を勇気づける物語りしかないと思ったのです。こんなときなので、内緒の話をしてしまいましょう。僕も含めた世界の小説家には、それぞれ秘密の神や儀式があり、それによって苦難を乗り越えています。具体的にそれがなにかはそれぞれですが、ある人はペンだったり、パソコンだったりします。しかし、その神に対して今、日本いるすべての小説家は今回の苦難をなんとかくつがえすようにと、それぞれに祈っているはずです。そして日頃、神様に親しい小説家の願いは、他に比べて届きやすいのです。だから、大丈夫。本当に大大丈夫。物語は、そのよう進むのだと日本の小説家の誰しもが祈願しているのだから。
 

(無題)

 投稿者:tabita3  投稿日:2011年 3月18日(金)09時54分43秒
  グレさん、有り難うございます。
余震の不安、原発の怖れの中にいる福島県在住の女性です。
「大丈夫」の声聞こえるようです。
希望をいただきました。心から感謝です。
 

伝令として

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 3月18日(金)02時18分29秒
  昨夜も停電でなにもすることはできず、窓を開けて夜空を見ていた。どこかで子供が、あれがオリオン座なの、と尋ねていた。すると遠くから誰かが、口笛で唄うのが聞こえた。まるでハーメルンの笛吹きのように。あるいはボブ・ディランのように。口笛は夜空に宣言するように唄っていた。「君にも見える……、遠く離れて、地球に一人。……に使命をかけて、燃える街に、あとわずか。とどろく叫びを耳にして、帰ってきたぞ、帰ってきたぞ……」。口笛はそのまま、夜空に小さくなり、しかし、なかなか消えない。胸を突かれた。口笛というよりも、神の軍隊のラッパのようだ。そうか、やっぱり。帰ってきてくれたんだ。きっと、そうだと思っていた。あなたは僕たちを忘れはしないと思っていた。だって、あなたは我々が世界に誇る、とても大切な勇気と希望のシンボルなのだから。僕らの心をひとつにしてくれる、この唄と、あなたの事を胸に浮かべれば、勇気は限りなく続きます。帰ってきてくれて、本当にありがとう。僕は、伝令としてこのことを、みんなに伝えます。みんな、彼が戻った。僕らの神様が見守っていてくれている。これで、もう大丈夫。必ず。  

はてな

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 3月11日(金)02時47分9秒
  うううむ、自分なりに小説のおもしろさを考えてきたつもりだけど、どこかでそれが食い違ってるのかな。あるいは僕の考える小説観が、今の時代とはあわないのかな。みなさん、どう思いますか。意見を乞う。  

今月の浅暮

 投稿者:グレメール  投稿日:2011年 2月19日(土)02時00分45秒
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